DMTのトリップ体験について、2017年2月、2回目前編
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※このブログはフィクションであり、筆者、またはその他の人物の経験に基づくものではありません。違法薬物の摂取や市販薬・処方薬のオーバードーズは人体に甚大な影響をもたらします。当ブログは、閲覧した人物に対しいかなる薬物の摂取も推奨するものではなく、薬物の身体への影響を架空の人物の視点から語ることで、薬物の恐ろしさを啓発しようという意図のもと投稿されています。
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今回のDMT投入は突発的で、なんと某私立大学入試の前日の夜にいきなり思い立ったものだった。
少し当時の背景について話す。2017年2月、17歳の自分は、鬱病でほとんど何も行動をとることができずに、朝に寝て、夕方に起き、Twitterを見ながら虚無を過ごし、することが無くなればやはり寝るだけの生存をしていた。
高校に行っていないばかりか、鬱病をこじらせて対策の勉強を一切していない自分が、どうして大学入試を突破できるだろうか。
刻一刻と迫り、ついに明日となった私大の入試。焦燥感に耐えられない自分に、思いのほか上手くいった前回のDMTトリップが、その時は唯一の解決策に思われた。
焦燥感から幻覚剤に対する慎重さを失っていた自分は、目分量で適当に材料を取り出し、鍋に投げ込んで火にかけた。量を測っていなかったのでよく覚えていないが、前回の用量よりも明らかに多かったと思われる。1回目の2倍以上だっただろうか。
あまつさえ、前回よりも入念に、DMTがよりしっかり抽出されるよう時間をかけて原料を煮込み、「お茶」を作ったのであった。
飲んでみる。まずい。あり得ないくらいにまずい。「お茶」の主材料である植物の根っこの独特の香りが、煮出した直後の「お茶」の暖かさと相まってとにかく不快な瘴気を放っている。
また味覚においては、過剰な量を抽出されてしまったタンニンによる暴力的な渋みが、添加したクエン酸の強烈な酸味と融合して一つの到達点とも言うべき最恐の不協和音を奏でている。17年と10ヶ月の人生に煌々とそびえ立つ金字塔のような、本当にものすごいまずさだった。
なけなしの根性を見せ、やっとのことで「お茶」を飲み終えても、まだキモい臭いとキモい渋みが口内に残っている。トリップを前にして既に気分は最悪だった。
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飲んで1時間半は経っただろうか。服用してから作用するまでにかなり間があるのは前回のことで知っていたが、それでもこう長い時間が経つと「本当に効くのか?」「用量が足りなかったのか?」と不安になり、しかし、だからといって幻覚剤を足すような勇気もないので、ただそわそわとTwitterを眺めながらいずれ来るであろうものを待つ。相変わらず「お茶」のキモい臭いは口内から消えない。
そわそわ感を鎮めるため、昂る気持ちをいつも聴いている音楽で落ち着かせることにした。当時、起きてから寝るまでずっと肌身離さず聴き続け、もはや身体に属しているかのようだった13分強のエレクトロニカに、自分は全幅の信頼を置いていた。
DMTによって世界の捉え方が何もかも未知のモノに解体されても、この音楽さえどこかで感覚していれば、一縷の現実性にかろうじてすがりつくことができる。当時はそう思っていた。
間もなく、DMTが作用し始めた。視界が薄青く染まっている。心臓が高鳴る。これは高揚からか、不安からか、それともDMTを解毒するための生理現象からか。前回の感覚が思い出され、それが再び経験できる喜びに顔がニヤつく。
そうだ、効きだしたことをツイートしよう。ふと思い立ち、目の前のPCに手を伸ばす。すると、何かがおかしいことに気付いた。画面に映るTweetdeckのデザインが、数分前の、作用する以前のものと変わっている。
変わっているというのは、文字や写真などのTweetdeckに表示されている情報そのものが変化しているというわけではない。ウェブページのデザイン、カラムの大きさや文字のフォントだけが、より簡素に、そしてより美的に変化しているのである。
そして驚くべきことに、ディスプレイに映るもの以外の視覚したもの——例えばPCの横のスピーカーや机の模様、ソフビのフィギュア——はなにひとつ見え方の変化をしていない。Tweetdeckのデザインだけが、特異的にプロセスされ、改変され、シンプリファイされているのだ。
今まで体験したことのない現象を前にして、自分はまず、何が何によって引き起こされているのかを必死に解釈しようと、そのために冷静さを保とうと試みた。しかし、DMTは僕に時間を与えない。淡々と消化器内で吸収され、血中を駆け巡り中枢神経系へと侵入していく。幻覚は次第に現実を侵食する。頭を上げていることが苦痛になり始めた。Tweetdeckのデザインは今や、圧力鍋の中のゆで卵のように、はち切れそうなほどふくらみ、うつくしい。さっき飲んだ「お茶」のせいでまだノドがイガイガしていて、電脳世界のノイズみたいだ。黒と赤の奔流が脳の後ろ側からなだれ込んできた。流れている音楽のリードシンセが、ベースラインが、キックが、全部が僕の怖がるさまを見て笑っている。おちょくるように僕の感覚する世界を弄り回している。
こわい。たすけてほしい。「あちら側」は既にその領域を開けていて、たとえ僕が拒んでも、いずれ黒と赤の奔流が僕の世界の全てになるようだった。
僕は、大脳皮質の前のほうの、ほんの小さな部分の、思考を司ることしかできない、ヒトの機能の、ごく一部に過ぎなかった。DMTに侵されて異常に駆動し始めた中枢神経系のはしため、下女だ。帰りたい。バカなことをした。許してほしい。もう目が開いているのか閉じているのかも分からない。もとに戻りたい。心が涙を流していると、雨が降り始めた。
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僕は外にいた。灰色の茨が好き勝手に地面を這って生えている。空も灰色で、黒い雲のような、もしくはツタのようなものが神妙に蠢いている。モノクロの世界だ。隅で体育座りしてうずくまっている僕に降りしきる雨が、冷たくて重い。
思考能力はいつの間にか消滅していて、僕は世界を感覚するだけの存在になっていた。
ふとすると僕は次の世界にいて、そこではアナログテレビの砂嵐みたいに、白黒が激しく交差する。世界が暴れているようだった。それも、どんどん凶暴になっている。砂嵐がもはや自分自身の世界を破壊せんとする勢いだ。
この激しい幻覚が、僕を襲っている強烈な吐気のせいであることに気づいたのは、しばらくして現実で実際に嘔吐した瞬間だった。嘔吐する一瞬だけ、現実の世界に戻ってきた。いつもの世界が見える。
幸いにも、吐物は出ていないようだ。隣の部屋にいた家族が僕の嘔吐に気づいて、人間の鳴き声をあげて僕に近づいてくる。それに対応して、僕は無意識に、大丈夫、と声を発する。すると次の瞬間、世界が紫色に染まった。視界は現実のままだったが、なぜか家族の姿は消えた。
もうここには誰もいなくて、僕の感覚だけがあるようだ。